イタリアの人気ブランドピナレロのサブブランドOPERAのシングルスピードロードです。アルミフレームにシングルフリー(固定ギアではありません)お客様が購入後に腰痛になられたため戻ってきました。
ただ、マンションベランダにしばらく置かれていたので、ブレーキリターンスプリングや鉄のボルト等にサビがあります。
新車時の定価は¥120,000でした。
走行距離はおそらく20km程でしょうか。
シンプル研究所 代表 坂野泰士のブログページです。
先週の木、金(2/3,4)で奈良、京都に出かけてきた。目的は未来のプロジェクトの視察と仕込みだったのだが、訪問の際に最もインパクトがあったのは、寺社で多く出会った人たちだった。視察で出向いた東大寺の境内を埋め尽くしていたのは、東洋系の海外からの観光客だった。彼らの会話の言語から推察するに、中国の人たちが8割、残り2割ほどが韓国からといった構成だった。アングロサクソン系の外人や日本人は本当に少数派だ。
お寺の駐車場で観光バスから降り、視察・観光する。楽しげに話し、一眼デジカメで写真を撮りながら歩く。ただ、その他のことはあまりしていない。参道で客を引く人力車の人たちは、あまり乗ってもらえないらしく、わざわざ日本人である我々に声をかける。確かに見ていると人力車も売店もあまり彼らにはアピールできていない。奈良の街中でもほとんど見かけない。バスに乗り観光地を移動し、宿舎に行く、その後は土産物を大阪市内等で買い、関空へ直行するのだろう。
奈良の後の京都でも祇園の街中も同じ状態で、地場の店舗がその恩恵を受けている様には余り見えない。リピーターとしての来訪が増えればより多様な楽しみ方が見られる様になるかも知れないが、それまではまだまだ時間がかかるだろう。
大量の外国からの観光客が素通りするだけの場所。彼らの来訪を商売の機会として活かすには、受けて側の大きな意識の転換と知恵が必要だと感じた。
利用する気分が新しい端末
タッチパネルを備えたミニコンピューター。これはかなり古くからある。古くは自分も愛用していたAppleのNewton、そのスピンアウトで生まれたPalm Pilot、その後もWidowsのタブレット型のPC。タッチパネルで操作するコンピューター。これは決して新しいアイデアではない。もちろん、技術の進化で小型化・薄型化、高速化といった変化はある。ただ、機能的にはさほど変化していない。
だだ、最近生まれたiPhoneとiPadからその様子が少し変わってきた。マシンとしてのスゴサはあまりないが、使い勝手や使う側の気持ちが少しちがう。
画面の中の機能・役割を示すアイコンをさわってアプリを起動する。そのアプリの中に居るときは、まわりのアプリのことは考えない。何かをしていても他のアプリケーションの存在が頭から離れないPCとは大きく異なる。何をするか、何を期待しているのかが明確なまま、操作し情報をやりとりする。これがデジタルデバイスで実現したことが新しい。
何でもできる端末を超えた、使い心地と自然さ
電卓にはじまり、ワープロあたりまでは、デジタルデバイスは機能上の制約で単能型がほとんどだった。パソコンが出てくるとその機能進化とともに、多機能化が急激に進展した。携帯電話も通話のみの単能からメール、カメラ、インターネットブラウズとどんどんと多機能端末へと変化した。
機器が多機能化する中で、その多機能さ複雑さに対応できる人たちと、対応できない恐怖を抱く人に世の中がどんどん別れていった。いわゆるデジタルデバイドだ。
対して今、増殖中のiPhone、iPadはどうだろうか。適応力のある子供はともかく、高齢の方でもすぐに操作できることが多い様だ。1つにタッチパネルオペレーションが助けている、銀行ATMや駅の券売機でさわって操作することに馴れた人が大多数になっている。もう1つ大きな理由は、目的のアプリさえ起動できれば、選択肢も限られ、他のアプリに飛んで行くこともない単能型の環境だ。このわかりやすさと安心感はおそらくかつてのデジタルデバイスにはあまり無かったのではないだろうか。
単能でさわれるマシンが切り開く古くて新しい世界
太古から人間にすり込まれている思考回路や反応の仕方、それにより沿った新しいデジタルデバイス。その意味で、現在のiPhoneやiPadは新しいあり方と可能性を示しているのではないだろうか。本当に誰もがストレス少なく使えるデジタルデバイス。触れて、多機能を意識させたないデバイスこれが本当に社会を変える存在になるのはこれからなのだ。
中国人と日本人の見た目の差異
スタッフパスを首から提げて万博会場に居ると色々な人からの質問を受ける。当然ながら大概は中国語で話しかけられる。ただ、立っている場所は日本館の前なので、日本語で声をかけられることも日に何度もある。
ただ、近づいてくる人が日本語で話しかけてくるかどうかは、その様子からはなかなか予測できなくなっている。なぜかと言えば、明かに中国の人とわかる人も居るが、表情や服装では判断のつかない人が実に増えている。反対に日本人でも中国の人の様な服装をしている人も多く、一瞥しただけではなかなかわからない。
4年前であれば、服装も化粧ももっと明かな差があったのだが、日本式のコーディネイトやメイクがかなり浸透し、バッグや靴といった服飾小物の差もかなり少ない。元々、衣料や服飾雑貨の多くは同じ工場で生産されたものだし、手に持っているコンパクトデジカメやデジタル一眼レフはほぼ同じものなのだ。
一眼デジカメ大ブーム
万博会場で印象的だったのが、デジタル一眼レフの最新モデルを持つ人の多さだった。全体に占める割合で言えば1割も居ない人数なのだろうが、その存在感は際立っていた。CanonやNikonといった日本ブランドの最新モデル。それもかなり良い大口径のレンズを付けている人が多い。持っている人の年齢層や性別も様々、明かに写真を趣味としてる年配の母と娘がどちらも最高級に近いレンズを付けて持ち歩いていた姿が印象的だった。一眼レフでない人たちも、最近モデルの日本ブランドのデジカメを皆持っている。こちらはほぼ100%に近い数字で、日本のデジカメメーカーは中国市場に随分と助けられている。
電気自動車づくし
万博会場内で目に付くのは多種・大量の電気自動車たちだ。会場内を巡回する大型バスから、スタッフの移送用のゴルフカートの親玉の様なモデル。ゴミ収集や掃除をする小型のモデル。公安のパトカーになっているセダンも電気自動車だ。どれもが会場を忙しく右往左往している、スペックで見ればおそらく航続距離は短いだろうし、大して速度も出ないが(実際シャトルバスは上り坂ではとても苦しそうに走っていた)、あの会場では使えてるし、一見だれもが満足している。日本の基準ではとても実用レベルとは言えないものばかりだとは思うが、このレベルでまず実用のスタンダードとするのか。少なくとも、日本的な自国製品に対する自虐あるいは謙遜的な視点や評価は存在しないかに見えた。
上海で学ぶ若者たちと韓流ブーム
今回のイベントでは運営のアルバイトに現地在住の日本人の大学生を採用したのだが、明るく前向きで、聡明な若者ばかりだった。話を聞いてみれば、W大学から上海の大学への1年間の交換留学のプログラムで来ている子を含め、皆、志を持って上海での生活を選んでいる若者ばかりなので、それもその筈。
その彼らから聞いたことに、今、韓流モノが流行っているという話題があった。これは、3年前のベトナムでもあった話で、TVでは韓流ドラマが放映され人気を博しているとのこと。
ただ、ちょっと意外だったのは、その流行の理由だ。韓国から直接輸入されてのブームではなく、日本で韓流ブームだったのが結果的に中国でのブームにつながっているとの説明だった。日本のトレンドが中国に対してまだまだ影響力を持っているということを、ちょっと屈折して確認した話題だった。
自信満々の中国大衆
毎日接していた中国の大衆は謙遜は知らないかに見える。みな堂々と自己主張する。あまりに自信満々なので、うっかりするとこちらに引け目がある様な錯覚を持ってしまう程だ。しかし、その裏打ちが有るとはあまり思えない。上げ潮経済による所得のうなぎ登りで、気分も上がっているのだろうが、それだけではないかも知れない。
子連れの家族を見ていると、その子どもは本当に溺愛されている。一人っ子政策が助長しているのか、親は子どもにやたらに甘い。他人が親の代わりに子ども叱ろうものなら大騒ぎになりそうな様子だ。子どもの殆どは見るからに“俺様状態”で、傍若無人だ。その振る舞いを見ていると、若者の自信満々の風情と似ている気もする。1980年代以降の生まれなら一人っ子政策世代とのことなので、もう30歳位になっている。1970年代以前生まれは経済的成長で自信を得、1980年代以降は一人っ子政策の影響で自信満々な態度。これが背景なのか?
中国品質は新興国中心の世界市場ではスタンダード
各国パビリオンも高級ホテルの造作も実にディテールはラフだ。一見は図面通りに作っている様だが、よく見ると本当に雑な仕事をしている。日本の感覚で言えば素人の仕事レベルの仕上げしか存在しない。いきなり普通の人間を連れてきて、誰かが指示して作れるレベル。それが中国の物づくりのスタンダードだ。
物づくり全般にわたって何事も表面的で低クオリティだが、実用に耐えない程でも無いし、あまり気にしている人も居ない。市場ではもちろん日本ブランドは人気で日本製であればさらに付加価値が付くと聞いている。ただ、それはあくまでも付加価値であり、なければその品質でも良い。
おそらくこれはどの新興国でも同じだろう。新しく大量消費を味わい始めた人々には、細かい品質のつめよりも消費できることの方が重要なのだ。新興国市場が世界経済での存在感を高め、そこへの商品供給が担うのもまた新興国であれば、そこでの品質基準はおそらくこれまでとは異なる。中国品質は新興国市場では充分な品質と実用性を持ち、どこかの製品と似ていることも問題ではなく、トレンドに乗れている証明でしかない。
その意味で、日本の物づくりの出番はどんどん減っている。それと並行して中国等の新興国の製品レベルが上がるので、その傾向は尚更だ。しっかりとした戦略を持ってマーケティングが行えないと、日本製品の居場所はどんどんと小さくなってしまうことを上海で思った。
4年ぶりに5/23(日)から5/28(金)までの6日間、上海へ行ってきた。万博会場内、日本館のイベントスペースで環境省主催の映像と展示事業の立ち上げを確認するのが目的だった。連日、1万人程の中国全国から集まった人々と直接接し、また観察する中で多くの気づきと感想を持ったそのいくつかを書き留めておこうと思う。
上海の街の変貌
まずは、会場外の上海市街で感じた印象から。前回の訪問からはたった4年なのだが、その変化は10年分位に感じる程大きかった。
移動手段の変化
市内を走る自転車とスクーターが激減。自転車レーンが歩道側に設置されているが、その利用者は少ない。4年前は一般市民の移動手段としてまだまだ主導的な感じがあったが、現在はクルマ、バス、地下鉄の利用からこぼれた、最も低所得な人たちをだけの乗り物にといった印象だ。
対してクルマが大きく、キレイになっている。4年前の中核モデルだった、VWの旧パサートはタクシーでしか見ることはできない。そのタクシーも同じVWのトゥーランが新しく主流になっている。ともかくも、古いクルマが無くなり、この2~3年程度の新しく見栄えのするモデルに入れ替わっていた。
人・街・香りの変化
それぞれの街は独特に香りがある。上海にもその香りがあるのだが、今回はそれを感じる機会がとても減った。薄茶色の水道水と同じ、かび臭い様な、苔臭い様な感じに、クローブや八角といったスパイスの香りが混じった独特の香りだ。今回は万博が目的だったこともあり、宿舎を万博会場のある新興開発地域、浦東(ブードン)に取ったので、尚更の様だ。東京よりほこりっぽい感じはあるものの、独特の香りはさほど強く無く不思議だった。
ただ、この疑問は、タクシーで元々の中心街のある対岸、外灘(わいたん)側を走り抜ける時に解けた。再開発されてビルやマンションの建ち並ぶブロックには香りが無く、古くからの建物が密集するブロックを通過すると、上海独特の香りが漂ってくる。要は、新規に開発された地域は香りが薄く、街全体の香りが薄いのも、それだけ再開発されたエリアが増えていることを表している。超高層のオフィスビル、高級マンション群の街にはもはやかつての香りは無いのだ。
ソーシャルディスタンスが限りなくゼロに近い国
中国に来てびっくりするのは人がどんどん自分に近づいていくることだ。最初はスリかひったくりかとギョッとするが、そうではない。ただ、人に近づく、触れる・ぶつかることに無頓着なだけなのだ。万博で人気パビリオンの行列に並んでみるともっとよくわかる。日本人ならストレスに感じる距離より、はるかに近く触れあう状態でも全然気にしない。それに、何の前触れも無く話しかけてくる人がほとんどだ。人に話しかけることにも何の抵抗も無い。疑問は直ぐに聞く、主張は遠慮無くする。これは、ベトナムやタイといった近隣のアジア諸国ともちがう独特の個性だと思う。
中国人の並び方
日本人は並ぶのが好き、あるいは得意な民族だと思っていたが、中国人もなかなかだ。万博会場の一番の人気館、サウジアラビア館などは連日6時間を超える時間人々が並ぶ。ただ、その並び方は日本人とは大分ちがう。まず、お得意の大声での会話、どなる様な(というか声を控えるという意識がゼロ)音量でずっと話し続ける。同時に、まるのままのキュウリやカボチャの種や乾し肉のようなものを食べ続け、その食べかすを下にどんどんと落とす・捨てる。前に少しでも隙間があれば、どんどんまえに進み隙間を埋めてゆく。途中の柵を乗り越えられそうなら、警備員のスキを見てどんどん乗り越える。ともかくも、自分のペースというか、回りを気にしない、というか、自分の良い様、思う様に行動し続ける。並ぶことが目的化しがちな日本人とちがって、中国人にとって並ぶことは、欲望の表現としての行為なのかもしれない。